シルバー・キングさんの死因と病名はなにか?告別式の予定はあるのか

メキシコのプロレスラーシルバー・キングさん(51歳)が2019年5月11日亡くなられました。
新日本プロレスで3代目ブラック・タイガーとして活躍されたシルバー・キングさんの経歴と共にまとめてみました。
病名と死因は?
試合中突然のことだったとのことです。
シルバー・キングさんは2019年5月11日、ロンドンでフベントゥ・ゲレーラとの試合中に心筋梗塞を起こしたことによって亡くなられました。
フライング・クーローズラインを放った後、倒れて様子がおかしくなり立ち上がれなくなってしまいました。その時に心筋梗塞が起こったようです。
試合終了後も動かずレフェリーも異変に気付き、フベントゥ・ゲレーラも呆然としながらも付き添っていました。
突然の出来事に国内外からも動揺とおくやみの声が上がっています。
シルバー・キングさんの経歴
シルバー・キング 1968年1月9日生
本名 セザール・ゴンザレス Cesar Gonzalez
父 ドクトル・ワグナー
兄 ドクトル・ワグナー・ジュニア
息子 シルバー・キング・ジュニア
元妻 ソチ浜田(ブル中野からCMLL世界女子王座を奪取したこともある。)
元妻の妹 浜田文子
来日歴
年月 | 内容 |
---|---|
1985年11月 | UWAでプロレスラーデビュー |
1987年10月 | アンヘル・ブランコ・ジュニアとクトル・ワグナー・ジュニアのリングネームで全日本プロレスに参戦。(初来日) |
1994年1月 | EMLLに移籍 |
1997年10月 | WCWに参戦してLWoにメンバー入り |
2001年 | CMLLに復帰 |
2001年1月 | 新日本プロレスにて3代目ブラック・タイガーとして来日 ケンドー・カシンとタッグを組んで活動 |
2003年3月以降 | インディー団体であるIWRGを主戦場にする |
2005年 | 新日本プロレスにてロッキー・ロメロがブラック・タイガーを継承してデビューしたため、ブロンコのリングネームでロス・ゲレロス・デル・インフェルノにメンバー入りして活動 ロス・ゲレロス・デル・インフェルノ脱退後、負傷により長期間の欠場を経てシルバー・キングのリングネームで復帰 |
2007年10月18日 | 全日本プロレスにて世界ジュニアヘビー級王者である中嶋勝彦に挑戦するも無効試合となり、VOODOO-MURDERSにメンバー入りをする |
2008年6月13日 | AAAと契約を交わし入団 |
王座奪取歴
年月 | 内容 |
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1991年7月 | エル・テハノと結成したロス・カウボーイズ(Los Cowboys)にてWWA世界タッグ王座を戴冠 |
1993年10月 | タッグ解消後にUWA世界ライトヘビー王座を奪取 |
1994年 | CMLL世界ヘビー級王座を獲得 |
1997年2月 | 兄のドクトル・ワグナー・ジュニアと組んでドス・カラス & ウルティモ・ドラゴンから勝利してCMLL世界タッグ王座を奪取 |
2003年3月 | ドクトル・ワグナー・ジュニア & ウニベルソ・ドスミルと組んでCMLL世界トリオ王座を奪取 |
2008年3月 | 全日本プロレスにて中嶋勝彦に再び挑戦して勝利し、世界ジュニアヘビー級王座を奪取した |
2010年6月 | IWRGにてIWRGインターコンチネンタルヘビー級王者であるマスカラ・アニョ・ドスミル・ジュニアに挑戦して勝利し、ベルトを奪取 |
日本ではブラック・タイガーとして親しまれたシルバー・キングさんですが華々しい経歴をお持ちの方です。
まだ51歳、SNSには「R.I.P…」(安らかに眠れの意)など同氏を悼む声が多数上がっています。
告別式の予定
現在は不明です。
海外の方ですが、新日本プロレスでも活躍されたシルバー・キングさんなので、追悼式など日本でされるかもしれませんね。
また詳細が分かればここでお伝えします。