中原将光の深作眼科の退職理由は情報漏洩「不倫相手と共謀」

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中原将光(なかはらまさみつ)眼科医は、世界一の眼科医と言われた深作秀春眼科医が開業している深作眼科の副院長でした。

しかしながら、中原将光(なかはらまさみつ)眼科医は、突如深作眼科を退職して中原眼科を開業しました。

この記事では中原将光眼科医の深作眼科、退職理由について詳しくお伝えします。

中原将光眼科医の退職理由は情報漏洩

中原将光眼科医は、元々深作眼科という所で働いておりました。

中原将光眼科医は深作眼科を退職した際の理由、退職理由はなんだったのでしょうか。

この深作眼科の院長先生が深作秀春眼科医が院長をつとめております。

中原将光眼科医は学生時に医師免許を取得し、研修を経てこの深作眼科に勤務しています。

そこで頭角を現したのでしょうか。副院長まで登りつめたのですが、急遽退職、独立し、中原将光眼科医は中原医院を開業されました。

ただ、気になるのは以下の深作秀春眼科医のブログ(現在は消去されています。)の内容です。

最近は全ての手術を僕が施行している。1月から3月までは多焦点眼内レンズ白内障手術を毎日30件も施行してハード過ぎた。と思ったら4月からは網膜剥離と緑内障手術が普段の2から3倍も来て、その手術でてんてこまいである。

診療後に毎日夜中まで1日8時間の連続手術だ。先日ある大学の内科教授と話したら、コロナ感染患者を大学病院で入院させてコロナの院内感染も起こったために、外来制限や手術制限を続けているのだそうだ。

眼科などはずっと機能して無いそうだ。失明につながる緑内障や網膜剥離患者が日本中からより多くくるわけだ。全国の大学病院などから患者が深作眼科に来ている。

ただ相変わらず手をつけ悪くしてから来るのが多くて困る。是非手付かずで何もしないで、手遅れなく来れれば、必ず治せる。
 さらにご存知のように僕が一から指導して権限を与え、本人の強い希望で過大評価なのに副院長を名乗らせたNは、増長して威張り散らして事務長を恐喝して金を出させ、僕が叱ると今度は愛人と共謀して日曜の夜中に眼科に忍び込んで、患者連絡データーを数万人も盗んだ。懲戒免職した後は、何と深作眼科の名声を使って…、僕が日本一と記事になったのをまるでNは自分のことかのように宣伝で使って、自分のホームページで宣伝したり事情を知らない患者に連絡して自分のところへ来させている。Nは恩を仇で返す信じられない泥棒だ。近いうちにNは警察に逮捕されるであろう。でも、患者は僕が全てを手術することになり、Nのような輩からのいい加減な酷い治療を受けなくなったので、深作眼科の評判がより高くなった。僕は患者の苦痛を全て無くして、手術も最高の結果を出し、説明も十分している。Nの失敗した治療や放置していた患者が次々と現れてそれらも僕は次々と治して患者に感謝されている。
 これらの事情で毎日の仕事が14時間ほども連続して診療と手術を続けている。しかも、世界最高の眼科外科医と国際眼科学会で特別表彰を受けたプライドにかけても、患者には常に世界最高の眼科治療を届けている。

その後眼科医師を5名追加して雇用したが、やはり手術は任せられない。世界的に見ても優れた眼科外科医は少ない。もっと言えば僕の理想とする世界最高レベルの眼科外科医は1万人の眼科医に一人くらいしかいないのだ。

世界最高の眼科医療を日本人に届ける為に、今後も頑張るしかない。

 ただ昨日はあまりの疲労困憊でベッドに眠り込んだ。久しぶりに8時間も長く眠り、そして元気になった。スーパーマンになったような力が湧いてきた。

そして久しぶりに油彩画を描いた。先日まで実は日本画大賞に応募する為に大型の日本画を描き入選した。でも今日は油彩画の気分だ。僕は6歳より油彩画を描いてきた。

アメリカで眼科医になった時に世界一の眼科外科医となろうと奮い立ち成就した。さらに未だ成し遂げられないが、パリのホテルでピカソを超える画家になりたいと奮い立った思いは続いている。今晩金曜日の夜は平井堅の歌をCDで流しながら、油彩を描き続けている。

さらにご存知のように僕が一から指導して権限を与え、本人の強い希望で過大評価なのに副院長を名乗らせたNは、増長して威張り散らして事務長を恐喝して金を出させ、僕が叱ると今度は愛人と共謀して日曜の夜中に眼科に忍び込んで、患者連絡データーを数万人も盗んだ。懲戒免職した後は、何と深作眼科の名声を使って…、僕が日本一と記事になったのをまるでNは自分のことかのように宣伝で使って、自分のホームページで宣伝したり事情を知らない患者に連絡して自分のところへ来させている。Nは恩を仇で返す信じられない泥棒だ。近いうちにNは警察に逮捕されるであろう。

深作秀春眼科医はこう語っております。

そして、現在中原将光眼科医は、この書かれている内容に似た件で情報漏洩で逮捕されております。

もともと深作眼科に所属してましたが、退職理由はまさかの顧客データ持ち出しの情報漏洩でした。

そして、中原将光眼科医の退職時の扱いは懲戒免職です。

懲戒免職とはかなり懲罰を込めた退職となり、かなり罪が重いですよというものになります。

おそらく深作秀春眼科医としては、中原将光眼科医をわが子の様に育て上げた想いもあるのでしょう。にもかかわらずこの裏切りですので仕方ないですね。

中原将光眼科医は深作眼科退職後に開業

中原将光眼科医は深作秀春眼科医が院長をつとめる深作眼科を懲戒免職した後は、中原医院を開業しております。

おそらくですが、深作眼科に所属している間に準備を進めていたのでしょう。

そして、その際に中原将光眼科医は開業時にある程度の顧客を獲得した状態からスタートするつもりが、なかなか深作眼科にいるご自身の担当が深作眼科から鞍替えをしなさそうな不安にかられたのではないでしょうか。

その結果、不倫相手と共謀して顧客情報を奪い、スムーズに事業が進むように考えたのでしょう。

ですが、さすがにこのご時世に情報漏洩はだめです。よろしくありません。

もしかしたら罪を償ってそこから事業を再開しようとしてもこの情報漏洩の件は消えません。なかなか協力してくれる方々もいないかもしれませんね。

中原将光眼科医のプロフィール

中原将光容疑者のプロフィールです。

東京都武蔵野市生まれ。私立海城学園卒業後に国立浜松医科大学へ入学。
医師免許取得後に2003年に東京医科歯科大学病院眼科の網膜硝子体グループにて研修を積み、2005年に深作眼科へ勤務。
同時に横浜市大眼科医局に属し横浜市大センター病院にて網膜硝子体疾患の診療に非常勤医師として勤務。

その後、国際親善病院眼科、県立足柄上病院の部長を歴任し地域医療に貢献。

そして、深作眼科 副院長 兼 横浜院管理責任者就任、手術技術を求め、フリーランス手術専門医として全国で依頼手術を行い、気がつけば誰もが断る最高難度手術も引き受けるあきらめないという技術とタフさを身につけていました。
多くの先生からの最難度の手術を引き受けて治療してきました。

私の思う最新の理想の診療と手術を提供しようと中原眼科を開院に至る。

 

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