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平成ノブシコブシはなぜ売れた?ブレイクのきっかけについて調べてみた

 
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失敗を繰り返しながらも常に行動して前に進み続けるソフトウェアエンジニア IT関係で仕事をするも体調を崩して鬱を発症。 現在は、独立してフリーランスとしてIT関係で仕事をしています。 自分のやりたいこと、やりたい仕事でお金がもらえればどれだけ働き続けても苦にならないことが分かってきました。

「破天荒」で有名な吉村さんですが、元々はなぜ売れたのでしょうか?

 

漫才からというよりも急にバラエティに出てこられたイメージです。

 

更にブレイクのきっかけは何だったのでしょうか?

 

この記事では、平成ノブシコブシについて、

 

  • なぜ売れたの?
  • ブレイクのきっかけは?

 

をお伝えします。

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平成ノブシコブシのプロフィール

メンバー 吉村崇、徳井健太

別名 ノブコブ

結成年 2000年

事務所 吉本興業

活動時期 2000年 –

出身 NSC東京校5期

出会い NSC

旧コンビ名 コブシトザンギ

現在の活動状況 テレビ・ライブなど

芸種 コント、漫才

ネタ作成者 吉村崇

破天荒で名をはせた吉村さんが有名ですが、相方の徳井さんもまぁまぁあくの強い方ですよね。

 

このお二人が有名になったのはどのタイミングなのでしょうか?

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平成ノブシコブシはなぜ売れたの?

売れた理由はすごいシンプルです。

 

結論からお伝えしますと、マネージャーさんが敏腕だったということです。

 

どういうことかと言いますとマネージャーさんがとある番組のオーディションにて『脇で曲を奏でることができる』と登録してしまったそうです。

 

だいぶ話を盛ったらしいですね。

 

このきっかけになったのは、ある日の飲み会に吉村さんが参加したことです。

 

その飲み会のさなかにどなたかがカラオケを歌っている際、楽器がなかったために吉村さんが裸で脇を鳴らしていたとのこと。

 

それを知ったマネージャーがとある番組のオーディションにてその話を持って行ったとのことです。

 

すごいのはこの盛った話を嘘にしなかった吉村さんですね。

 

オーディションの前日にマネージャーからそれに挑むことを言いつけられた吉村さんは「脇は鳴らすけど曲は奏でたことがない」と困惑されたそうですよ。

 

「奏でるって何?」

 

「どれが音階?」

 

等々試行錯誤しながら必死に練習されました。

 

このあたり、破天荒と言われつつも真面目さがにじみ出ていますよね。

 

翌日にチャレンジすると見事合格したとのこと。

 

ここで「脇鳴らし」を吉村がテレビで初めて披露した番組の映像が公開された。

 

安室奈美恵の「TRY ME」をワンフレーズ歌っては脇を鳴らすというシュールな芸に、審査員の今田耕司は大ウケ。

 

そんな吉村の姿に、いとうあさこは「勇気がすごい!と称賛されていたみたいですよ。

 

このマネージャーの無茶ぶりもすごいですし、それをやってのけた吉村さんはもっとすごいですね。

 

こういうのがあると売れることになるんでしょうね。

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平成ノブシコブシのブレイクのきっかけは?

先ほどなぜ売れたの?にて、とある番組と記載しましたが、そちらは、『やりすぎコージー』のことです。

 

そちらが2006年3月頃に出演されています。

 

こちらは吉村さんのネタにて売れるきっかけとなりました。

 

その後、ブレイクしたということですと今度は徳井さんがきっかけなのではないでしょうか。

 

2010年に『(株)世界衝撃映像社』の番組内で「ホームステイin部族」ロケ企画の際に平然と虫を食べたりする徳井さんのキャラクターがとても注目を集めて話題となりました。

 

この結果、『ピカルの定理』のレギュラーに抜擢され、一般に広く認知されるようになる。

 

このタイミングがブレイクのタイミングとなるのではないでしょうか。

 

やはりブレイクするにはそれなりのインパクトであったり運というものは必要かと思います。

 

このお二人はそれをお持ちだったのでしょうね。

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まとめ

 

この記事では、平成ノブシコブシについて、

 

  • なぜ売れたの?
  • ブレイクのきっかけは?

 

をお伝えしました。

 

売れた理由は吉村さん。

 

ブレイクの理由は徳井さんで間違いないと思います。

 

これからもお二人にはご活躍頂きたいですね。

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